麒麟は仁の生き物だと言う。
殺生を嫌い、血の臭いを厭い、血潮を浴びればそれだけで病むのだと。
だが、ザックスの背中の大きな剣を見たシィンは呆れる。
「お前、それは麒麟としてどうよ?」
「だって使令に任せるより、おれが斬ったほうが早いし」
心なしか威張って言う同族に、かける言葉を持たないシィンだった。
「そういうお前んとこの王はどうだ」
「ん? どっかその辺に…」
と辺りを見回し、シィンの雌ばかりの使令の中に埋もれているライを見つける。まるでハーレムだが、どこにいても王を見誤ることはない、これが麒麟マジックだった。
「ところであいつは未だに蓬山か」
王を膝に抱き、シィンは煙草を咥える。
「まだ王が見つからないんだろ」
「見つかるのかよ………」
麒麟が生まれ、王を見つけるまでを過ごす場所を蓬山と言う。
穢れに弱い麒麟はここで己の手足となるべく妖魔を折伏し、使令と下しながら王の訪れを待ち、或いは王を探しに旅立つのだ。
今、蓬山には麒麟がいた。
「自分の手を汚したくないから使令を使うんだろ?」
と言って憚らない、銀色の麒麟だ。
そんなものぐさであったから、当然王を探しに行くこともない。その麒麟につき従う妖魔が一。
「ノアはさー、王を見つけたら王の臣下になるんだよね? で、王が道を誤ったら病になって死ぬ」
大きな狗の姿になって、ヒューは麒麟の足元に蹲る。そっと撫ぜてくれる手が気持ちがいい。
「死んだら、使令に下った妖魔が食べていいってホント?」
「麒麟の肉は美味いらしいからな」
「………そっか」
うっとりと、ヒューは目を閉じる。
王が、見つからなければいい。そうしたらこの麒麟は天命が尽きて死ぬ。死んだら本当に彼は自分のものになる。
きっと甘美な味がするだろう。
王候補の人間よりずっと――。