蓬山公は無類の女好きであった。
身の回りの世話をするのは女仙、仕える使令も雌ばかり。王なんて勝手に来るだろ、と自堕落気侭な蓬山ライフを楽しんでいた。
だが。
「王が来ぬなら探しに行け!」
女仙の長に蹴り飛ばされて渋々生国に下ったものの、シィンはやっぱり自堕落だった。綺麗で可愛い姉ちゃんに囲まれ、
「気安い分、蓬山より過ごしやすいかも知れん」
なぞと思っていたある日。
街中をふらふら歩いていると、何やら急に引き寄せられた。見えない糸にぐいぐい引かれている感じがする。初めての感触に戸惑い、抗おうにも気力が萎えてしまう。
「…なんだ?」
何か、いるのだろうか。
辺りを見回していると、どん、と胸の辺りを衝撃が襲った。
「あ、悪ぃ」
ぶつかった拍子に、籠に盛っていた野菜がばらばらと地面に落ちて転がる。なんのてらいもなくシィンはしゃがみこみ、芋を拾って持ち主を見上げた。
――ちっちぇえ。
それが第一印象だった。
だが、そう思ったのもほんの一瞬。見つめた瞬間胸の奥がざわついて、大きなうねりを生みながら全身に広がっていく。ついには鳥肌まで立てて、シィンは認めざるを得なかった。
――王だ。
(しかもヤローかよ…)
叶うことならナイスバディの女王が良かった。――天意が憎い。
芋を握り、両手を地面についたまま誓約に入ってしまいたくなる衝動と、シィンは必死に戦っていた。
そんな麒麟の葛藤も知らず、出会ったばかりの王は、
「芋を返せ」
と手を差し出してくる。
「お前、気分でも悪いのか?」
あまりにシィンが動かないので、心配になったらしい。覗き込んできた双眸はくりっとしていて、栗鼠を思わせる。熱でもあるのか、と伸ばしてくる手にシィンは怯えた。麒麟は額に角の根があり、触れられることを嫌う。
「やめ…っ」
振り払おうとして、そのまま地面に倒れ伏した額が乗ったのは王の足の甲。
「………御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約する」
勝手にしやがれ、こんちくしょう。