「ぎゃんぎゃん煩えなあ」
眉をひそめ、シィンは役に立たない携帯を弄ぶ。
「お前、ホント溜まってるだろ?」
「………っ」
答える義理はない。だが、そんなことはない、とは言えぬ正直なヒューだった。
「お前に余裕がないから、相手もお前に身を任すことが出来ないんだろう」
「………」
認めるのは癪だが、シィンの言うことは一理あるような気がした。
「がっついてもろくなことねえぞ。早くイけば、早漏かと疑われるし。戦場じゃあるまいし、セックスくらいのびのびしようぜ」
「………お前はのびのびしすぎだ」
ボソリと呟き、ヒューは腰を下ろす。
どうせ救助にはまだまだ時間がかかるだろう。ここでむざむざ体力を消耗する気にはなれない。
「………」
――余裕がない。
自分もそうだが、ノヴァも常に生き急いでいる。だから追うヒューも自然足早になるのだけど、たまには後ろでゆったり待つのも良いかもしれない。そうすれば、ノヴァの歩みも遅くなって、後ろを振り向く余裕が生まれるのではないだろうか。
ふと。
ドン、とエレベーターが大きく揺れた。
「?」
「なんだ?」
上から振動を感じたような気がして、犬二匹は天井を見上げるのだった。
「………」
ビルの最上階。
止まったエレベーターのドアをこじ開け、考え深げにたたずむのは神羅が誇る英雄である。その手には取説と、片刃の剣が握られている。
ドアの向こうは空洞であり、箱を上下させる太いワイヤーが縦に伸びていた。
(あとは直感のみ)
魔晄の双眸が底光り、剣を振りかざそうとしたその瞬間。
「確保―ッ!!」
非常階段を登ってきたライに背後から羽交い絞めにされた。
「何をする!?」
せっかく高めた集中を邪魔されて、英雄は不快気に顔をしかめる。背中に張り付いたおんぶオバケを振り払おうともがくが、ぶらぶら揺れるだけでまるで剥がれない。
「こちらC班! 英雄確保しました!」
無線で報告するライをようやく振り落としたものの、その隙にザイオンに取説を奪われてしまう。
ザイオンは英雄が読んでいた説明書のタイトルを見るや否や眉を吊り上げた。
「あんたのこれは爆弾処理だろう! 何でッ、エレベーターが壊れて爆弾の止め方の本を取り出すんだ!?」
しかも最初のめんどくさい処理を飛ばして、いきなりクライマックスだ。
いわゆる赤いコードか青いコードか、二者択一で危機一髪を免れる、と言うデンジャラスな処理である。
「ワイヤー切る気だったのかよ…」
本来エレベーターがあるはずの空洞を覗き込み、ドレイクはぞっとする。
爆弾のカウントが止まるどころか、箱がまっさかさまに落ちるところを想像して英雄の恐ろしさを知るのだった。――無知って怖い。
「もともと止まってるエレベーターに、何でカウントを止める爆弾処理の本を持ってくるんだよ!」
全くもってして理解できない、と声を張り上げるザイオンに英雄は。
「線を切るところが似てるだろう」
「エレベーターのワイヤーは切らない!」
殺す気か。
その横では、英雄の背中から落ちたライがそのまま床に這いつくばるように、エレベーターの空洞を覗き込んでいた。
「この下にシィンがいるんだよな…」
身を乗り出し、ライはシィンの匂いでも立ち上らないものかと鼻を鳴らす。
「だいたいお前らがエレベーターの取説を隠すから」
「人のせいにしない!」
一喝しながらもザイオン、こんなことなら大人しく取説を渡して、そのうえで監視をすべきだったかと臍を噛む。
「――ところでザイオン」
「まだ何かッ!?」
捕獲は完了、と油断していたザイオンは英雄の声にきつい眼差しを向けた。
「ライが、落ちた」
「えッ!?」