「妖魔はどうした」
久しぶりの里帰り。
蓬山に顔を出したシィンは、銀色の麒麟のそばにいつも張り付いている妖魔の姿がないことに気がついた。
「………最近蝕が多いだろう」
「ああ」
蝕とはこちらとあちらが交わることを言う。特に下界の被害は甚大で、海に面した国などは海岸の形が変わるほどだ。大勢が死に、葬儀を出す余裕も骸を始末する人手もなく、腐臭に満ちていると言う。
「王が渡ったんじゃないかと見に行った」
「お前の王か?」
だったら殺してくるんじゃないのか、あの妖魔は。
言いかけて、シィンは口を噤む。――やりかねない。そしてこの麒麟も黙認しかねない。
「妖魔が道理に外れるは当然だろう」
笑う神獣にシィンは舌打ちする。
「今は使令だろうが」
「王が道を誤れば麒麟が報いを受けるが、使令が本能のままに生きても麒麟は関係ない。――だろ?」
「ノア! 王はいなかったよ!」
岩場を軽々飛び越え、駆け寄る妖魔にシィンはうっと息を呑む。
――ナニこの血臭。
王になる者の血であるかは分からないが、尋常ではない穢れにシィンは腰が引けた。そうしてそんな妖魔を清めることもせずにそばに置く麒麟に目を剥く。
天意に背き、国を傾けても、この麒麟――最強。
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