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 初めて見たプランツだった。高価、稀少、育てるのが面倒。場所もとる。
 いいことなんて何もないのに、気になってしようがない。
 ヒューの葛藤を知ってか知らずしてか、店主が腕を組んで考え込む。
「実は…プランツは大変気難しゅうございましてね。値段ではないのです。お客様がプランツに愛情をかけられるか、装備を揃えられるか、ミルクを与えられるか…あ、プランツはミルクとキャンディーしか食べませんので。それ以外を与えると枯れてしまう可能性がありますのでご注意ください」
 そして一番大事なのは、と店主は続けた。
「プランツがお客様を選ぶのです」
「え…?」
「お客様がどんなに望まれても、プランツが目覚めない限りお渡しできません」
「目覚める?」
「今、このプランツは眠っている状態です。自分に相応しい相手が現れるまで、目覚めることはありません」
「…現れなかったら?」
「眠ったまま枯れるだけです」
 そんな、と小さくヒューは呟いた。
 目の前にしゃがみこみ、プランツを覗き込むがピクリとも動かない。
 一度も目覚めないまま死んでしまうのか。
 どんな目の色をしているのだろう。一度見てみたい、と思った。
 ――その時。
「………」
 蒼い目が見えた。
 いつの間に起きたのか。気配もなく唐突に目覚め、じっとヒューを見ている。
 淡い蒼は水晶のようで、覚醒に驚くより先に目を奪われた。ヒューが見とれていると、
「おや」
 店主も驚いたようだ。
「このプランツは特に気難しいのですがね。お客様は気に入られたようですよ。――連れて帰られますか?」
 その申し出に、ヒューは夢中で頷いていた。

 さて。
 家に連れ帰ったものの、どうしていいのか分からない。
 植物と言うからには日当たりのいい場所に置いたほうがいいのだろうか、と考え、
「とりあえず、ミルク」
 と冷蔵庫を開ける。ホットミルクなら飲むらしい。
 だが。
 ノヴァと名づけられたプランツはヒューがソファに投げ捨てたバッグをじっと見ている。思えば店でもそのバッグばかりを目で追っていた。
「気になるのか? たいした物は入ってないんだけどなあ」
 バッグをひっくり返すと、本当に何もない。財布と携帯と、途中コンビニで買ったチュッパチャップスのコーラ味。
 その飴を、ノヴァは見ている。
「………欲しいのか?」
 あまり熱心に見ているものだからつい聞くと、こくりと頷く。初めて見せた反応かもしれない。
 プランツは繊細。食べ物はミルクと別売りのキャンディーのみ。
 これはまずいと思いつつ、プランツの反応にヒューはすっかり舞い上がる。
 包装紙を剥いて差し出すと、そっと口に含む姿をエロいと思ってしまった。
 そして、無表情なはずのプランツの口元がうっすら笑む様を見て。

「………」

 ヒュー・オブライエン、陥落。
 

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 結局デートはドタキャン。
 体よく振られてしまったシィンはマンションで自棄酒を煽った。つまみが欲しくても何もない。宅配でもとるか、とメニューを見ると、ライも必死になって覗き込んでいる。
「お前も食うのか?」
 答えるより早く腹が鳴って主張を始めた。
「お前は本当に植物か…」
 肉食動物じゃないのか、と呆れつつ、ライが指で示すがままのメニューを頼む。決まったもの以外を食べさせないでくれ、と言われたが本人(?)が欲しがってるので構わないだろう。所詮人間の食べ物だ、毒になるはずがない。
 だが、届けられた大量のピザとチキンを見ると不安になった。
(どう見ても植物の食い物じゃねえだろ…)
 水と肥料じゃないのか、植物は。
 しかし口と指をソースだらけにして嬉しそうに食べてる様を見ると、まあいっかと思ってしまったシィンだった。
 汚れたので風呂に入れてやると、熱い湯は苦手のようですぐ上がる。
「やっぱ水がいいか」
 そういうところは植物だな、と同じくバスタブにつかりながら笑うシィンに、何を思ったかライが戻ってくる。
「どうした?」
 湯は苦手じゃないのか。
「萎れちまうぞ」
 熱いはずの湯に、ライは手を突っ込み、シィンの腰に触れる。そこにはくっきり歯形があった。気を使ってくれるのだろうか。
「…もう痛くねえよ」
 そう言って栗色の頭を撫ぜると、ライは嬉しそうに笑った。
 プランツは、主人と認めたものにしかなつかない。笑わない。
 だが、ライは随分人懐こい性質のように見えた。
 きっと誰にでも笑うだろう――そう思ったら、むかついた。
「明日、返品してやる」
 調整が入れば、ライはシィンのことなど忘れてしまうのだと聞いた。
 シィンも、いずれはこの厄介な植物のことなど忘れるだろう。
 だから今夜だけ。
 思いっきり食わせてやろう。

 

 だが、翌日店に出向けば。
「ミルク以外のものを与えましたね!」
 店主は目を剥いてシィンを責めたてた。
「言ったでしょう、プランツは繊細には程遠く見えてもとても繊細だと! ほら、大きくなってるじゃありませんか!」
 12センチ定規を当ててがなる店主にシィンも吠え返す。
「元から小さいから分かんねえよ!」
 大きくなったと言っても、その定規の目盛り分も増えていない。分かるはずもなかった。
「育ってしまったら調整は出来ないんですよ! 当店ではお引き受けできません!」
 

 そうして追い出されたのだった…。
 

 変わった植物を取り扱ってると聞いて、ヒューはその店の扉を開いた。
 一人暮らしを初めて一ヶ月。部屋も落ち着いたことだし、アパートの契約で動物は飼えないのでせめて植物でも…と思ったのがきっかけだった。
 人通りの少ない路地裏の、ひっそりした佇まいの店だった。
 カラン、とドアベルを鳴らして中へ入ると、
「いらっしゃいませ」
 チャイナカラーの男が奥から現れた。
 店内を見回すが、薄暗くて植物らしきものはない。店を間違えたかなと思い、ヒューは店主と思しき若い男に尋ねた。
「ここはグリーンショップではないんですか?」
 男は、ああ、と声を上げ、
「プランツをお望みですか? ちょうど店内の模様替えをしておりまして、商品は奥にございます」
 と、仕切りのカーテンをめくった。
 そこにはプランツとはほど遠い人形が並んでいた。人形と言っても人の大きさほどもある。最初、本物の人間かと思ったほどだ。
「!?」
 ヒューが慌てて店主を振り返ると、
「お客様、プランツは初めてご覧になる?」
「プランツって、これは人間じゃないのか?」
「いいえ、植物ですよ。特に当店が扱ってるのは神羅製の一級品ばかりでございます。ほら、こちらのマッチョなプランツなど如何です。家事なら何でもこなしますよ」
 …だから植物じゃないだろう。それは。
「場所をとりそう…」
「このタイプですと、装備もかかります」
「装備?」
 店主が頷いた。
「片手剣、両手剣、斧、槍、棍棒、あと盾も欲しいですね」
「…そんなに揃えて何をするんですか?」
「敵を撃退します」
「………」
 敵ってダレ。
 ここの商品はうちには不釣合い、と店を出るべく視線をめぐらせたヒューの視界に、銀髪のプランツが目に付いた。目を閉じ、じっと椅子に座っている。何故だか妙に気になった。
 店主もヒューの視線の先に気付いたのだろう。
「お客様、お目が高い。こちらは電卓ツールがついたプランツです。彼がいれば家計簿要らずですよ」
 言いながら、そっと銀色の前髪を下ろす。
「眉間にシワが…」
「………いくらなんですか?」
「えっ!?」
 店主も驚いたが、口にしたヒューはもっと驚いた。自分でも何を言ってるのだろうと不思議に思う。
 こんな植物、役に立たないし場所もとる。買ってどうするのだ。
 マイナスイオンとは無縁そう…と観察しながら、目が離せないでいた――。


 いつもは時間ギリギリか、わずかに遅れる待ち合わせに随分早く着いてしまった。
 どこかで暇をつぶすか、と見回す先で目に付いたのはとあるグリーンショップ。興味はないがほかに当てもない。シィンはふらふらと店に入り込んだ。
「………誰もいないのか」
 店内は薄暗い。
 開店休業だろうか、と思った矢先に。
「ライ!」
 不意に聞こえた声と、腰の辺りに来た衝撃にシィンはよろけた。
「な――っ!」
「お客様でしたか。これは失礼いたしました」
 奥から出てきたのは店主と思しき若い男だ。そしてシィンの腰にしがみついているのは、まだ子供と言ってもいい年頃の少年。
「すみません、うちの商品が…」
「商品!? これが!?」
 やべえ、ここ人身販売の巣窟?
 警戒の色を強めるシィンに、店主は慌てて説明する。
「いえいえ。それは精密に出来ておりますが、プランツなのですよ。植物です」
「植物!?」
 だって根っこも葉っぱも花もないけれども。
「うちは一級の職人から作られた商品しか扱っておりませんからね、誤解されるのも無理はないです」
 …そういう問題か。
「特にこの商品は今届いたばかりでして、ちょっと変わっているのですよ。南の珍しい植物らしくて、少し元気が良すぎるのが玉に瑕なのです。…ほら、ライ。戻りなさい」
 しかしライ、と呼ばれた少年はシィンの腰にしがみついたまま首を振るばかり。
 ようやく店主も気が付いた。
「お前…こちらの方のところに行きたいのか?」
 聞けば、こっくりと大きく頷く。
 店主はシィンをたっぷり見つめ、
「とてもプランツを育てられるとは思えないんだけど…」
 とぼやきつつも、しかたがない、と覚悟を決めた。
「お客様。駄目ならこちらでまた調整いたしますが、このプランツ、引き取っていただけないでしょうか。もちろん格安でお譲りします」
「はあ!? 何で俺が!?」
 しかも今からデートなんですけど。
 今日の相手はモデルさんだ。
 ライはそんなシィンをじっと見上げ、ぱかりと口を開けた。
 そして。
「いでーーーーーーっ!」
 がぶりと腰に噛み付いたのだ。見事なマーキング。
「…おかしいな。食虫花だったっけ?」
 慌てて品種を調べるザイオンだった。

「いらっしゃいませ。店主のザイオンでございます。お客様はプランツは初めていらっしゃる? こちらでは様々な神羅製プランツを揃えてございます。初心者に優しいものから、職人が丹精こめて作り上げた最高級品まで。
 ただプランツは気難しいものが多うございます。まず、プランツがお客様を気に入らないとお渡しすることは出来ません。
 育て方は、そうですね…愛情、と申しましょうか。お客様がプランツを大事に扱ってくださることが第一条件です。口にするのはミルク、あと別売りのキャンディーなどがございます。
 もちろん、植物ですので枯れることもございます。けれども大事大事に育てれば、プランツはお客様の愛情にお応えしますよ」





 書いちゃった…わたしのバカン

 

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